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大阪地方裁判所 昭和29年(ワ)3380号 判決

原告 三国重工業株式会社

被告 三国鉄工株式会社

主文

被告は「三国鉄工株式会社」なる商号及び「ORIGISON」(オリヂソン)なる商標を使用し、又はこれを使用した商品を販売拡布、若しくは輸出し、原告の商品と混同を生ぜしめる行為又は原告の営業上の施設若しくは活同と混同を生ぜしめる行為をしてはならない。

被告は「三国鉄工株式会社」なる被告の商号の抹消登記手続をしなければならない。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文第一項第二項並びに第四項同旨及び「被告は朝日新聞、毎日新聞、産業経済新聞、日刊工業新聞、日本経済新聞の各紙全国版に二段抜き五号活字(但し表題及び会社名は四号活字)をもつて別紙案文の新聞広告をせよ」との判決と右第二項及び未項を除く各項についての仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告は昭和九年一〇月一日設立せられ、大阪市東淀川区三国本町六二番地に本社を置き、当初その商号を株式会社三国鉄工所と称していたが、昭和一九年一二月一日、同業者藤村機械製造株式会社を合併して、商号を三国重工業株式会社と改称して今日に及び、払込資本金一、四〇〇万円、その目的を各種空気圧縮機、真空ポンプ、内燃機関並びに諸機械の製造、販売及び右に附帯する一切の業務とする株式会社である。被告は昭和二八年七月三日設立せられ、本社を大阪市東淀川区塚本町四丁目一一番地に置き、商号を三国鉄工株式会社と称し、払込資本金二五〇万円、その目的を各種空気ガス気体圧縮機、真空ポンプ、各種空気工具の製造販売及び右に附帯する一切の業務とする会社であつて、原告と同一市区内において同一種類の営業を営むものである。

二、原告は、戦戦中は陸海軍の専属管理工場として、三国本町外五ケ所に工場を有し、従業員数も千数百名を超える大会社であつた。現在は工場三ケ所従業員約三百名になつているが、空気圧縮機専門の製作工場としてはその規模生産額において全国第二位にあり、空気機械の一流メーカーとして業界に広くその名を知られた会社である。且つその製品については「ORIGINS」(オリヂンス)なる商標の登録を受け、つとに株式会社三国鉄工所と称していた時代から右商標を使用していて、右商標を冠した原告の製品は戦前、戦時中、戦後を通じて、国内は勿論、嘗ては満州、朝鮮、台湾まで進出した歴史を有し、通称「オリヂンス三国」の名称で広く業界に権威を認められた有名品である。被告株式会社表取締役田村光秋は原告会社の株主(持株一、五〇〇株)であつて、原告が株式会社三国鉄工所と称していた当時、昭和九年から昭和一七年までの間原告の取締役をしていたこともあり、更に被告会社設立前には原告会社の製品オリヂンスの販売の取次を営んでいたこともあつて、原告会社の内情に精通していたところから、原告と同一市区内に同一種類の営業の会社を設立し、その現在の工員十二、三名のうちの大部分は原告会社三国工場で働いた経験のある技術者を特別に誘引して雇傭し、原告と競争関係にある事業を開始した。以来、被告は空気機械の取引業者及び需要者をして被告の製品を原告の製品と混同誤認させることによつて、原告の顧客を奪つて被告の製品を売込み、原告会社及びその製品に対する信用及び名声を盗用して被告の製品の販路を開拓拡張しようと企て、原告はその本社が三国本町に所在する関係からその商号を「三国重工業株式会社」と称して来たのに対して、被告の本社は塚本町に所在し、被告は「三国」なる名称とは何等の関係もないにもかゝわらず、ことさらに原告の商号とまぎらわしい「三国鉄工株式会社」なる商号を採択し、被告の製品には原告の登録商標「ORIGINS」(オリヂンス)に酷似した「ORIGISON」(オリヂソン)なる商号を使用している。被告はその設立以来、被告会社前に右商号及び商標を表示した看板を掲げ、右商号及び商標の記載のある挨拶状を各方面に配布したのみならず、新聞紙上の被告の商標の製品の広告をするに際して、右公告文中にこれを見る者をして被告の製品を古くから販売せられている原告の製品と誤認させるために或いはことさらに「三国鉄工製」と表示せず単に「三国製」と表示し、或いは、被告会社設立以来日なお浅いにかゝわらず「空気機械の元祖」「古き歴史が誇る」等不実の表現をして、原告の製品と混同し易い広告を掲載し昭和二九年には原告の製品のカタログを剽窃して二三の微細な点を除いて殆どこれと同一内容の被告の製品のカタログを印刷配布して宣伝にこれ勉めるに至つた。以上の被告の営業行為はいづれも意識的に企てられた原告に対する悪質の不正競争を目的とする行為である。

三、原告の商号三国重工業株式会社のうち、三国は固有名詞で重工業は普通名詞であることからも明らかなように、原告を表現する商号の特徴的な主要部分は「三国」にあつて、「重工業株式会社」はその業種業態を示すに過ぎない。事実においても、空気機械の業界及び一般需要者間にあつては、原告は通称「三国」の呼称で汎く知れわたり、単に「三国」と云えば「三国重工業株式会社」と皆まで云わずとも、原告会社を指称するものであることは一般の常識となつている。被告の商号三国鉄工株式会社はその特徴的主要部分である固有名詞の部分が原告の商号と全く同一の「三国」であるばかりでなく、その普通名詞の部分も原告のそれが重工業となつているに対し被告のそれは鉄工となつているだけの相違があるだけで、共に鉄鋼を材料とする製造作業を意味し、観念上も実際の慣用上も両者殆んど区別のない同義語である。なるほど世上往々にして同一市町村内にある二つの商号がその固有名詞部分は同一で普通名詞部分のみを異にする例もあるが、(例へば被告の掲げる松下電器系統の諸会社の如く」それは両者の資本又は経営が同一系統に属し、営業種目別に営業主体を異にする場合か、又は両者の営業の種類が全々異るので競争関係に立たないから、商号の混同誤認のおそれがなく、不正競争の問題も生じない場合のことである。原告と被告のように同一市区内で全く同一種類の営業を営む者相互の間では、同一の固有名詞と同義語の普通名詞の結合によつて組成されている二つの商号は互に類似する商号であると云わねばならない。しかも原告は大正四年以来三国鉄工所と称していた個人経営の事業を昭和九年に株式会社を組織して引継いだのであつて、右会社設立以来昭和一九年に藤村機械製造株式会社を吸収合併するまで、株式会社三国鉄工所の商号を使用していた生々しい歴史がある。右原告の経歴から、空気機械業界及び関係取引業者間では原告は単に「三国」の通称で呼ばれた外、「三国鉄工」の通称でも呼ばれて来たのであつて、被告が三国鉄工株式会社なる商号を使用するのは一般取引上、世人に被告を原告と混同誤認させ、被告の製品を原告の製品と誤認させるおそれがある。

原告の商標「ORIGINS」(オリヂンス)と被告の商標「ORIGISON」(オリヂソン)とは、その語の基本部分「ORIGI」が全く同一で、その語尾において、被告のそれに僅かOが一字加わり、NとSの位置が入れ変つているのみで、両者の外観は相類似している。二つの商標が類似しているか否かは両商標を構成している文字記号自体の比較のみで決定すべきでなく、その商標を使用する企業体の取引の実情等諸般の事情を参酌して、その商標を用いる商品の取引業者や需要者が両商標を別々の機会に一見した際に両者を混同誤認し易いかどうかによつて決定すべきである。右原告の商標と被告の商標を別々の機会に隔離観察すれば彼我混同し易い類似の商標であること極めて明らかである。なるほど特許庁において被告の商標「ORIGISON」が原告の登録商標「ORIGINS」の権利の範囲内に属しない旨の審判のあつたことは事実であるが、右審判はその理由において不当なものであるから、原告は抗告審判を請求しているのみならず、元来原告の登録商標「ORIGINS」の権利範囲を商標法によつて技術的に定めたに止り、不正競争防止法上の類似商標であるか否かについて判断したものではない。不正競争防止法は商標法のように技術的法律ではなく、広く不正競争の防止を目的とする弾力性ある実体法であるから、同法に規定する類似の観念も、商標法による登録商標の権利範囲と相異していて、広く係争の商品の取引の実情に着眼して事実上商品の出所の混同誤認を来すおそれがあるかどうかを検討し、実際に即した合理的判断をなすべきである。従つて商標法による登録商標の権利範囲に属しない商標であつても、不正競争の目的をもつて使用される混同誤認のおそれある商標は右登録商標の類似商標と認むべきである。原告の本訴請求は商法及び不正競争防止法による不正競争禁止の請求であつて、商標権に基く商標使用禁止の請求ではないから、前記特許庁の審判は判断の参考にならない。またコンプレツサー等空気機械の取引はそれが百馬力以上もある大規模な機械や特種構造の機械の取引の場合や、取引の相手方が官庁又一流大会社の場合等は一定の方式に従つて受注され、一定の方式に従つて機械の引渡をする厳格な方法を採るが、原被告の製造するコンプレツサーはこのような大規模な機械や特種構造のものより、いわゆる汎用コンプレツサーと称する用途の極めて広い小規模のものが多く、既製品として店頭販売も行われ、素人も購入するものであるから、一般普通の場合には何等の方式にも従わず、また機械についての何等の予備知識もなく取引され、原被告の商号及び商標が近似して居れば彼我混同誤認のおそれが多い。右取引の実情を加味して原被告の商号及び商標の近似について判断すれば、両者は類似の商号、類似の商標と云わねばならない。

原被告の商号及び商標が互に類似していることは取引業者及び需要者が原告の製品と被告の製品を混同誤認した多数の実例が示すところである。例へば

(1)  東洋繊維株式会社彦根工場は被告の製品「ORIGISON」を原告の製品「ORIGINS」と誤認し昭和三〇年二月二七日付書面をもつて原告に照会して来た。また電話もして来た。

(2)  米子の高林商店は昭和三〇年六月被告の製品「オリヂソン」を原告の製品「オリヂンス」と混同誤認した。

(3)  原告の福岡出張所の得意先が昭和二八年秋被告を原告と混同誤認した。

(4)  大阪市水道局から昭和三〇年三月原告に電話があつて原告と被告がどう違うか照会して来た。

(5)  大阪瓦斯株式会社から昭和三〇年四月頃五馬力のコンプレツサーを納めて貰つているがその予備としてコンプレツサーをも一つ欲しいと守谷商会を通じて原告に注文して来たが調査の結果先の五馬力コンプレツサーは被告の製品であることが判明した。

(6)  三菱石油株式会社川崎製油所が昭和三一年七月原被告を混同誤認した。

(7)  三菱製紙株式会社中川工場が昭和三一年九月被告の製品「オリヂソン」を原告の製品「オリヂンス」と混同誤認していた。

(8)  関東方面では右(6) (7) の起きた以前にも部分品に付いて原被告を混同誤認して被告製品の部分品を原告の東京出張所に注文して来た。

(9)  神戸製鋼大久保工場では昭和三一年四月頃原被告を混同誤認していた。

(10)  三菱商事神戸支店は昭和三一年九月頃被告の製品を原告の製品と混同誤認した。

(11)  株式会社多木製肥所は昭和三一年一〇月原被告を混同誤認し被告に対する見積照会を原告に送付して来た。

(12)  藤原曲ガラス名古屋工場は原被告を混同誤認していた。

(13)  特許庁も原被告の商号を混同誤認し昭和三一年三月三〇日付送達文書に「三国鉄工株式会社」と書くべきところを「三国重工業株式会社」と誤記した。

(14)  ハマ商事株式会社大阪営業所は昭和三一年四月八日付を以て原告の会社所在地を記し宛名に被告の商号を書いた通知書を郵送した。

(15)  久保田鉄工株式会社は昭和三一年五月二九日附空気圧縮機見積依頼書の宛名を「三国鉄工株式会社」と記して原告に郵送して来た。

(16)  中部電力株式会社西尾変電所の昭和三一年一二月二八日附大阪市東淀川区塚本町三国鉄工株式会社宛の「オリヂソン」コンプレツサーに関する照会状が原告に配達せられた。

以上のように原告が遇然入手した証拠上現れた混同誤認の実例だけでも多数に上るが、これは氷山の一角であつて証拠上現れない実例についてはその数も計り知ることができない。

四、以上述べたように被告は原告と不正な競争をする目的で原告の商号と類似の商号を使用しているから、原告は商法第二〇条に基いて被告に対し被告の商号使用の差止め及び右商号の登記の抹消を求める。仮りに被告の商号が原告の商号と類似の商号でないとするも、被告の商号は一般世人に対して被告の営業を原告の営業であると誤認させるおそれのあるものであつて、且つ被告は前述のように不正な目的でこのような商号を採用しているのであるから、原告は被告に対して商法第二一条により右被告の商号の使用の差止め及びその登記の抹消を求める。右請求原因に併せて、前述のように原告の商号及び商標は一般世人及び業界に広く認識せられているものであるところ、被告は自己の商号及び商標として原告の商号及び商標と類似のものを使用し且これを使用した商品を販売し、これによつて被告の商品を原告の商品と混同誤認させ、また右商号及び商標を使用して、原告の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為を為し、原告の顧客を奪い原告の商品の信用を傷け原告の営業上の利益を害して居り且つ今後も利益を害するおそれがあるから、原告は被告に対して不正競争防止法第一条第一号第二号第一条の二に基いて請求の趣旨のように被告の商号並びに商標の使用等の差止め、商号の登記の抹消、及び被告の商号並びに商標の使用廃止の広告を求める。

五、なお、原告は「ORIGINS」(オリヂンス)なる登録商標の外、「ORIGISON」(オリヂソン)なる登録商標(昭和二九年八月五日出願、昭和二九年八月二〇日登録、登録番号第四四九、七七三号、指定商品第一七類(他類に属しない機械器具及びその各部並に各種調帯、ホース及びパツキング)を有するところ、被告の商標として使用する「ORIGISON」(オリヂソン)は右「ORIGSON」と僅かI一字の有無において相違する類似の商標であるから、被告が右「ORIGISON」なる商標を使用するのは原告の右商標権の侵害であるので、原告は被告に対して商標法第七条第三四条に基いて右被告の商標の使用禁止を求める。

被告の抗弁に対して

一、被告が特許庁に対して「三国鉄工株式会社」の文字について商標の登録を出願し、原告がこれに対して異議を申立てたが、特許庁審査官が異議申立を却下して、被告出願の右商標登録の査定をしたこと、及び原告の本訴提起が被告会社設立後一年以上経過した後に為されたことは認めるが、被告の「三国鉄工株式会社」なる商標の使用が不正競争防止法第六条にいわゆる商標法に依り権利の行使と認められる行為に該当し、原告から被告にその使用の差止めの請求をすることができないものであること、被告会社設立の前後に被告から原告に対して被告の商号並びに商標の使用に関して通告し了解を求め、原告が被告に対して被告の商号並びに商標の使用について明示的又は黙示的に許諾を与えたこと、及び原告の被告に対する本訴商号並びに商標の使用差止めの請求が権利の乱用であることはいづれもこれを否認する。

二、(1)  被告の右商標登録出願に対する原告の右異議申立についての特許庁の審決はいづれも証拠の取捨選択を誤り、且つ理由に誤謬不備のある不当な審決であるから、原告は目下抗告審判の請求中である。従つて右審決は未確定であるから、被告の右二商標の使用は不正競争防止法第六条にいわゆる商標法による権利の行使と認められる場合には該当しない。

(2)  商標法により商標として登録を許されるか否かと不正競争防止法第六条にいわゆる商標法による権利の行使と認められるか否かとは別個の法律問題である。商標として登録を許されるか否かについての特許庁の査定は、技術的法律である商標法に基いて、商標として使用される文字記号等それ自体について、商標権の客観的技術的範囲を決定するものであつて、特許庁の技術的判断に基いて解決される。然るに不正競争防止法による商号商標等の使用の許否は、右法律の精神を参酌して被害者の商号商標の周知性、両商号商標についての事実上の混同誤認の事例、右係争の商品の取引の実情、加害者の意図、当事者の営業状態等実体的法律関係を基準として不正競争があるか否か、両当事者の商号商標等に混同誤認のおそれがあるかどうかについて判断すべきものであつて、裁判所のみが右判断をすることができる。不正競争防止法による請求についての裁判所の判断は商標法に基く特許庁の判断に拘束されるべきでない。原告の本訴請求は原告の商標権の行使として商標法に基いて被告の使用の差止めを求めるものではない。不正競争防止法に基いて被告の不正な競争行為の差止めを求めているのである。従つて被告の商標として「三国鉄工株式会社」の登録を認めた前記特許庁の審決は本訴請求の当否の判断に影響を及ぼさない。そして既に請求原因中に述べたように被告の商号及び商標の使用は原告と不正競争をする目的をもつて故意に原告商標と混同誤認のおそれある類似の商号及び商標を使用しているのであるから、不正競争防止法第六条にいわゆる商標法による権利の行使と認められる場合に該当しない。

(3)  商標と商号は法律上も事実上もその性質用途を異にし、両者別個の権利であるから、被告が「三国鉄工株式会社」なる商標の登録を受けても、そのことによつて被告が右名称の商号の使用権を取得するわけはない。被告が商標の登録を受けてもこれを商号として使用するのは不正競争防止法第六条にいわゆる商標法により権利の行使と認められる場合には当らない。被告は三国鉄工株式会社なる名称を商号として使用しているのであつて、商標として使用しているのではない。原告が本訴において被告に対して「三国鉄工株式会社」なる名称の使用差止めの請求をしているのは被告が右名称を商号として使用することに関してであつて、被告がこれを商標として使用することに関してではない。被告の商標として三国鉄工株式会社なる名称に関する特許庁の前記審判は、原告が右名称を商標として使用したことがないから、被告はこれを商標として登録することができると云うに止り、被告がこれを商号として使用することが原告に対する不正競争になるかどうかについての判断をしているものではない。従つて右特許庁の審決は本訴請求とは全く別個の法律関係についての審判であつて本訴の争点の判断についての参考にならない。

(4)  原告の本訴提起が被告会社設立後一年以上経過して後に為されたのは、被告会社設立後当分の間は原告は被告が本件の商号及び商標を使用していることを知らなかつたが、その後遇然これを知つて後も被告の代表取締役田村光秋は前述のように原告の株主で、かつて原告の役員であつたこともあり、且つ原告の代表取締役は右訴外田村光秋と五年に亘る交際もあつたので、原告は被告との間に争の起ることを好まず、隠忍自重していたのである。しかるところ、被告は原告の静観的態度を奇貨として、前記のような不正競争の意図を益々露骨にし、被告に右意図あることの証拠も明確に出揃つたので、やむなく本訴に及んだのである。決して被告の本件の商号及び商標の使用を許容していたものでもまた原告の権利の行使を怠つていたわけでもない。被告に本件のような不正競争行為がある以上、その差止めを求める原告の請求はもとより正当な権利の行使であつて、権利乱用に当らない。と述べ

立証として甲第一乃至第三号証、同第四号証の一、二、三、同第五号証の一、二、同第六乃至第一二号証、同第一三号証の一、二、同第一四乃至第一七号証、同第一八号証の一、二、同第一九乃至第四二号証、同第四三号証の一、二、同第四四、第四五号証、同第四六号証の一、二、同第四七乃至第一五八号証、同第一五九号証の一、二、同第一六〇乃至第一六四号証を提出し、証人中寺史郎、同大倉正文、同藤村次郎、同小谷照海、同松尾龍雄、同吉村正見、同坂本武男、同竹中剛三、及び原告代表者本人の訊問を求め、乙第一、第二号証、同第八乃至第一〇号証、同第一一号証、第一二号証の各一、二、三、同第一三号証の一、二、同第一四号証、同第一五号証の一、二、同第一六乃至第一九号証、同第六三号証の一、二、第六四、第六七、第六八号証、同第七六乃至第七八号証、同第一六三号証、同第一六四、第一六五号証の各一、二及び同第一六六号証の成立を認め、乙第三号証の一、二、同第四号証、同第五号証の一、二、第六号証、同第七号証の一、二、同第二〇乃至第六二号証、同第六五、第六六号証、同第六九乃至第七五号証、同第七九乃至第一三七号証、同第一三八号証の一、二、同第一三九乃至第一六二号証、及び同第一六七号証の一乃至五は不知と述べた。

被告訴訟代理人は原告の請求を棄却する訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め

答弁として、

一、原告の主張事実のうち原告の設立年月日、旧商号、本店所在地、会社合併、新商号、資本金並びに会社の目的、被告の商号、設立年月日、本店所在地、資本金、並びに会社の目的、原告が、戦時中陸海軍の専属管理工場であつたこと、原告が「ORIGINS」(オリヂンス)なる商標を使用していること、被告が会社設立以来「三国鉄工株式会社」の看板を掲げ、「ORIGISON」(オリヂソン)なる商標を作り、右商標を表示した挨拶状を発送し、その製品に右商標を表示したネームプレートを附けて販売し、右商標を表示したカタログを作成したこと、被告会社代表取締役田村光秋が原告の株主で、原告主張の頃原告の取締役であつたこと及び原告が「ORIGSON」(オリグソン)なる商標を登録していることは認めるが、原告のその余の主張は否認する。

二、被告が不正競争の目的で設立され、且つ故意に原告の商号及び商標と混同誤認されるおそれのある商号及び商標を採用することによつて原告の信用名声を盗用し不正の利益を計らうとする意図に出でた旨の原告の主張は全部これを否認する。被告会社が原告会社の従業員を特別に誘引して集めたものである旨の原告の主張は被告を陥れるためにねつ造した不実の事実である。原告会社は日本に於ける発明家として著名な故田村源太郎の創設した会社で同人の創意と努力によつて今日の大を成すに至つたものであつて、同人の存命中は、同人において殆ど全面的に原告会社を統率していたものである。右故田村源太郎は被告会社代表取締役田村光秋の叔父に当る関係がら、右田村光秋は昭和九年十月頃から昭和一七年始め頃まで原告会社の取締役に就任し、源太郎死亡のため退職するに至つたものであつて、右の事情から現在でも原告会社の株主であるわけである。右田村光秋は空気圧縮機械の「独立吸気開放型アンローダー装置」(被告会社の専売特許)の発明者であつて、自己の創意に基く右特許装置を採用した優秀品の製造販売を念願して、被告会社を設立したものであつて、毫も原告会社と不正競争を行う意図でこれを設立したものではない。

被告会社に不正競争の意図のなかつたことは次の事実からもこれを推測することができる。

(1)  被告会社設立前である昭和二八年五月三〇日被告会社代表取締役田村光秋は原告会社を訪れ、原告会社佐上社長に対し「このたび被告会社を創立中であるから創立の上は宜しく頼む」旨の挨拶をしたところ、佐上社長は「君がやることであるから我々として何等異議はない。しつかりやつて呉れ。」と激励した。

(2)  同年六月上旬頃右田村光秋は原告会社に行き、原告会社の藤村専務取締役、鈴木取締役、及び吉田監査役に面会し、さきに佐上社長にしたと同様の挨拶をしたところ、同人等は佐上社長と同様の激励をした。

(3)  越て同年七月二一日、被告会社設立後、被告会社の田村社長、北川専務、新家取締役三名で原告会社に赴き、原告会社佐上社長に面会して「いよいよ被告会社の設立が完了したから宜しく頼む」と挨拶し、挨拶状とサントリーウイスキーを差上げたところ、佐上社長は「しつかりがんばりなさい」と鞭達した。

右のように原告が被告の商号及び商標を知つて後本訴提起まで約一年間、原告から被告に対して何等の注意も抗議もなかつたのは被告が原告と不正競争をしていないことを原告が認めていたからである。同業者間において類似の商号又は商標が使用されていると思われるときは一応その使用者へ注意を促すことが通常同業者としての情宜又はエチケツトであるに拘らず原告は何等の注意又は予告をすることなく本訴を提起したのであつて、原告が本訴を提起したのは被告が不正競争をしたからこれを阻止することを目的としているのではない。被告は前記特許権のある優秀製品により顧客の信用名声を得て、その事業に成功し、その販路を拡張しているのであつて、原告の信用名声を利用してその製品の販路を開拓して来たのではない。

三、原告の商号及び商標と被告のそれが類似する旨の原告の主張は否認する。

(イ) 原告の商号の主要部分は「三国重工業」であり被告のそれは、「三国鉄工」であつて、両者には判然たる区別があり、混同誤認のおそれはない。原告は原告商号の主要部分は「三国」の部分にあり、「重工業」の文字はあつてもなくてもよい文字だと主張するが、大阪市内電話帳を調べても、(1) 三国金属工業(株)豊中市長島一一五九、(2) 三国工作所(株)大阪市西淀川区御幣島東二、(3) 三国鋼業(株)大阪府豊能郡庄内町牛立、(4) 三国鋼帯製造所(株)大阪市東淀川区三国本町、(5) 三国伸銅工業(株)大阪市東淀川区十八条町、(6) 三国製練所(株)大阪市東淀川区十八条町、(7) 三国電機製作所(株)大阪市北区金屋町一ノ八、(8) 三国紡機製工(株)大阪府豊能郡庄内町島江等があり、何れも「三国」なる固有名詞の文字を冠した株式会社の商号で且つ金属工業を営業目的とするものであるが、原告と混同誤認されたと云うことを聞かない。これは原告の商号の要部は「三国」にあるのではなく「三国重工業」にあるためである。「三国」の文字は、地名、商号、人名として極めて有り触れたもので、大阪市電話簿によるも三国を冠した会社名は三四社あり全国的には二、〇〇〇社有り、営業所が三国と云う地名に存在しなくても三国を冠するものは多数にある。このような有り触れた「三国」と云う名を原告以外に用いることができない旨の原告の主張は全く根拠がない。

そればかりでなく重工業と鉄工とは極めて劃然たる区別があり同義語ではない。新村出博士著広辞苑によれば「重工業」(一〇〇八頁」とは「容積の割合に重量の大きい財貨を製造する工業即ち製鋼業造船業、車輌、動力機械器具の製造業などの称」であり、「鉄工」とは「鉄材を用いる工作(―所)」である。即ち「重工業」とは軽工業に対する語であつて元来鉄工場で使用する原料である鉄鋼材料の生産業の意味を以て発生した語であり、我国においては第二大戦前後において軍需産業の根幹をなす鉄鋼業が重点的に育成され始めた頃から漸く時代の流行語となつたものである。「重工業」の文字を商号中に取入れて使用するに至つたのも第二次大戦中に属し、その数も極めて少数で、全国において三菱、新三菱、石川島、富士、日本海、伊万里湾、岩井、飯野、王子、三国(いづれも重工業株式会社を略す)の十社を数えるに過ぎず極めて特異な存在であつて、重量感を伴う圧倒的印象の語である、これに対し「鉄工」は重工業において生産した材料を使用して具体的な機械器具類を製造する作業を意味し古くから慣用せられている語で、重工業のように新鮮味も重量感もない。このように「重工業」と「鉄工」とはその語の意味観念から見て明瞭に区別せられるばかりでなく、文字の数、及び発音も明らかに相異する。

商号又は名称にあつてはその固有名詞部分が主要部分で、その普通名詞部分は附随的部分で、二つの商号又は名称の区別は固有名詞部分の相違によつてつけられる旨の原告の主張は理由がない。例へば松下電器産業、松下電器貿易、松下電工、松下電子工業、松下電動工具(いづれも株式会社を略す)或いは大阪高等裁判所、大阪地方裁判所、大阪簡易裁判所、大阪家庭裁判所のように固有名詞部分が同一でも普通名詞部分が異れば商号や名称に混同誤認のおそれはない。要するに原告の商号は「三国重工業」がその主要部分で、これによつて新鮮味と重量感を伴つた圧倒的印象力があり、被告の商号は「三国鉄工」が主要部分で、耳馴れた親密感があり、両者は截然と区別せられ普通に取引上用いる注意力によつて、両商号を全体として観察すれば、別個の商号であることは容易に認識せられ、両者を混同誤認するおそれはない。

(ロ)  原告の商標「ORIGINS」(オリヂンス)と被告の商標「ORIGISON」(オリヂソン)は類似の商標ではない。原告は前者と後者はその頭部の「ORIGI」が共通するから、隔離観察上、彼我混同し易いと主張するが、一つの商標はそれを構成する文字全体が一体となつて商標となつているのであるから、二つの商標が類似しているかどうかは、両商標について、その結合された文字全体を観察し、その外観によつて類似しているかどうかを決定すべきであつて、原告の主張するように、一個の商標を分断して、その頭部とか語尾が同一であるから全体が類似していると云うことはできない。本件において、原告の商標の語尾は「NS」被告の商標の語尾は「SON」で両者には明確な差異があり、全体の印象としても両者は明らかに区別することができ、混同誤認のおそれはない。特許局の商標登録例について観ても、同じ第一七類中において、原告の商標の外に「ORIJI」「ORIGIN」、「ORIGINAL」なる商標が登録されているが、これらは原告の商標と類似の商標ではないものとして登録されているのである。

(ハ) 空気機械の取引の実情に徴し、原被告の商号又は商標を混同誤認されるおそれはあり得ないことである。本件における商品である空気圧縮機真空ポンプの類は、一般婦女子を対象とする菓子類日用品の類と異り、これが取扱店又は需要者は何れも機械に対する特別の知識経験を有する技術者であつて、その製造者又は商標に対しては特別な高度の注意力を用いるのが普通であつて、極めて僅少な差異といえどもこれを看過するものでない。殊に被告が空気機械類を受注して販売するのは次のような順序方式によつてこれをする(1) 需要者から被告に見積照会がある。(2) 被告から需要者に見積書、カタログ、説明書製作計劃書を送る。(3) 需要者から被告に注文書が来る。(4) 被告から需要者に製作図承認申請を出し、需要者から被告に承諾がある。(5) 被告は製品を完成して需要者の立会検査を受け、合格したときには需要者に製品を納品する。従つて原被告の商号及び商標が全く同一であれば兎に角、商号において一は三国重工業株式会社、他は三国鉄工株式会社、商号において一は「オリヂンス」他は「オリヂソン」の区別があれば、この種機械の取引に通常用いられる取引業者又は需要者の注意力を基準とすれば、両者を混同誤認されることはあり得ないことである。

(ニ)  後に抗弁として述べるように特許庁において「三国鉄工株式会社」は「三国重工業株式会社」に類似していない旨の審判があつたのであるから、右審判によつても、原被告の商号が類似のものでなく、混同誤認のおそれないこと明らかである。

被告は昭和三〇年六月特許庁に対して原告を相手方として被告の商標「ORIGISON」は原告の登録商標第四一六三一一号「ORIGINS」の権利範囲に属しない旨の商標権利範囲確認審判を請求した。これに対し原告は両商標は類似の商標であつて取引上混同誤認の虞ありとして抗争したが、特許庁審判官は昭和三一年一〇月二日原告の主張を排斥して被告の右商標は原告の右登録商標の権利範囲に属しない旨被告勝訴の審判をした。そして特許庁における商標権利範囲確認の審判においても二個の商標が混同誤認のおそれありやは取引の実際における経験則に照して判断するのであるから、商標法上は混同誤認のおそれはないが、不正競争防止法上は混同誤認のおそれがあると云うことはあり得ない。右特許庁の審判は被告の商標が原告の商標と混同誤認のおそれのないものであることの証明である。

原告は本訴提起後の昭和三〇年七月四日「ORIGISON」を原告の商標としてその登録を出願した。原告の右出願は被告の商標の盗用であるが、右出願に際して、原告はこれを原告の登録商標「ORIGINS」の連合商標として出願せず、独立の商標として出願している。商標法第三条によれば自己の商標に類似する商標は連合の商標として出願した場合に限り登録せられることになつている。然るに原告が右「ORIGISON」の登録の出願に際してこれを「ORGINS」なる登録商標の連合商標とせず、独立の商標として出願したのは、原告自身が右両商標を互に類似する商標であると認めていなかつた証拠である。

(ホ)  原告の商号及び商標と被告のそれが混同誤認せられた実例として原告の主張する事例は総て原告の捏造した虚偽のものである。

(1)  大阪瓦斯株式会社に対しては被告は守谷商会を通じて被告製品である空気圧縮機二台を納入したのであるが、右守谷商会は元来原告の代理店であつて、本来ならば原告の製品を右大阪瓦斯株式会社に販売すべき筋合であるので、被告は同商会から注文を受けた際に同商会に何かの間違いでないか念を押したところ、右大阪瓦斯は守谷商会に対して被告の専売特許に属する「独立吸気開放型アンローダー装置」の空気圧縮権と指定して注文をしたので、右商会は原告の代理店であるにかゝわらず已むを得ず被告の製品である空気圧縮機二台を被告に注文してこれを大阪瓦斯株式会社に納入したものであることが判つた。原告の代理店である右商会が原被告の製品を混同誤認することはあり得ないことである。

(2)  三菱製紙中川工場の場合は同工場は新三菱重工業三原製作所を通じて被告の代理店田島精機株式会社から被告の製品である空気圧縮機を買受けたのであるが、右新三菱重工業三原製作所は被告の代理店田島精機株式会社と原告の双方に空気圧縮機の見積照会をして、原告の製品と被告の製品を比較した結果、被告の製品を優秀と認めてこれを採用買入れたものである。被告の製品を原告の製品と誤認して買受けたのではない。

(3)  神戸製鋼大久保工場の場合は、同工場は原告と被告の代理店小西商店の外に二社に対して空気圧縮機の見積照会をしている。原被告両会社を混同誤認したのではない。

(4)  久保田鉄工株式会社の場合は同会社の見積課員本田義雄が原告と被告の双方へ見積照会をした際に、原告宛の封筒へ被告宛の見積照会書を投入したに過ぎないので、原告の商号と被告の商号を混同誤認したのではない。

四、以上のように被告は原告と不正競争をする意思も不正競争をした事実もなく、且つ原告の商号及び商標と被告の商標は類似のものと云うを得ないので原告の被告に対する商法及び不正競走防止法による請求は総て失当である。

と述べ

抗弁として、

一、「三国鉄工株式会社」の文字を「第一七類空気圧縮機、瓦斯圧縮機、真空ポンプ、ロータリー圧縮機、其他本類に属する商品」を指定商品として商標登録の出願を為し、同年九月三〇日特許庁において右被告の出願に付いて出願公告の決定があり、昭和三〇年一月六日右被告の出願が商標公報に公告せられた。これに対し、原告から、被告の右出願商標は「三国重工業株式会社」に類似し、混同誤記のおそれがあることを理由として登録異議申立をしたが、昭和三一年七月三一日特許庁審査官は混同誤認のおそれなしとして原告の異議申立を却下し、被告の出願商標の登録査定がなされ、昭和三一年九月七日登録第四八七五四〇号を以て「三国鉄工株式会社」なる文字が被告の商標として登録せられた。

商標権は商品に専用する権利であるばかりでなく、営業に用いる広告、看板、引札、物価表の類又は取引書類に使用する権利をも包含するものであることは商標法第三四条第七号の規定の趣旨からも覗うことができるから、一面商標権の行使たる行為が他面他の商号権に牴触すると云うことはあり得ないことである。従つて被告が空気圧縮機類に関し「三国鉄工株式会社」の商号を使用することは不正競争防止法第六条にいわゆる商標法に依る権利の行使と認められる行為であつて、同法の第一条及び第一条の二の適用ない場合である。原告は特許庁に対して被告の「三国鉄工株式会社」なる商標に付いて商標登録無効審判の請求を提起しているが、このような審判の請求を提起する必要は被告が前記商標権の行使として「三国鉄工株式会社」なる商号を使用する権利があるからに外ならない。

二、原告の本訴請求は権利の濫用である。

被告は原告がその請求原因中で自認しているように昭和二八年七月一日被告会社の設立以来、三国鉄工株式会社の看板を掲げ、「ORIGISON」の商標を表示した挨拶状を各方面に配布し、右商標を印刷したカタログを作成して宣伝に努め、製品には右商標を表示したネームプレートを附して販売して来た。その外被告はその商号及び商標を新聞広告、国際見本市等の展示会の出品、見積書、注文書、注文請書、便笑、封筒等各種印刷物に表示し、本訴提起あつた当時は、被告の商号及び商標は取引業者及び需要者間に周知のものとなつていた。原告は被告が「三国鉄工株式会社」の商号をもつて創立され、爾来「ORIGISON」の商標を使用し、挨拶状、カタログ、広告等において盛んに宣伝に努力している事実を知りながら、その後本訴提起まで約一年間、被告に対して、被告の商標の使用か原告の権利を害する旨の何等の注意をすることなく放任して顧みなかつた。そして被告の商号及び商標が取引業者及び需要者間に周知せられるのを待つて、意地悪く突如として本訴を提起したのである。被告が約一年に亘りその商号及び商標の宣伝に懸命の努力を払つている事実を知りながら原告がこれを右のように放任していたのは、一面から考えれば、原告は被告の商号及び商標の使用を許容する意思があつたとも云うことができる。しかもいよいよ被告の努力が結実して被告の商号及び商標か取引業者及び需要者に広く認識せられ、最早原告の商号及び商標と混同誤認さられるおそれがなくなつた時に至つて、突如として被告に対してその商号及び商標の使用禁止の請求をするのは徒らに被告を困惑せしめて被告の営業を妨害する意図に出たものであつて権利の濫用として正当な行為と認めることができない。

三、原告は被告の商標「ORIGISON」は原告の登録商標「ORIGISON]は類似していて右原告の商標権を侵害しているから、被告に対して右商標の使用禁止を求めると請求するが、右原告の主張は請求の基礎を変更するもので訴の変更として許されない。仮りに然らずとするも、原告は本訴提起後の昭和二九年八月二〇日に右「ORIGSON」なる商標の登録を出願したものであるところ、被告は原告が請求原因中に主張するように昭和二八年七月被告会社設立以来「ORIGSON」なる商標を使用していて、原告の右商標登録の出願は被告の右商標を盗用する目的でされたものである。よつて被告は原告の商標登録出願以前から被告の商標を使用していたものとして原告の右答録商標の拘束を受けず被告の商標の使用を続けることができると述べ

立証として乙第一、第二号証、同第三号証の一、二、同第四号証、同第五号証の一、二、同第六号証、同第七号証の一、二、同第八乃至第一〇号証、同第一一第一二号証の各一、二、三、同第一三号証の一、二、同第一四号証、同第一五号証の一、二、同第一六乃至第六二号証、同第六三号証の一、二、同第六四乃至第一三七号証、同第一三八号証の一、二、同第一三九号乃至第一六三号証、同第一六四乃至第一六五号証の各一、二、同第一六六号証、同第一六七号証の一乃至五を提出し、証人友金章、同難波信男、同新家直治、同藤村次郎、同杉元重義、同岡田貴、同武田富男、同小西恒正、同高野三郎、同藤原秋利及び被告代表者本人の訊問を求め、甲第一、第二、第三号証、同第四号証の一、二、三、同第五号証の一、二、同第七第一〇第一一号証、同第一三号証の一、二、同第一四乃至第一七号証、同第三一号証、同第三四乃至第四二号証、同第四三号証の一、二、同第四四、第四五号証、同第一五四乃至第一五八号証及び同第一五九号証の一、二の成立を認め、乙第四六号証の一、二及び同第四七、第一六〇号証は官署作成部分の成立は認めるもその余は不知、乙第六第八第九、第一二号証、同第一八号証の一、二、同第一九乃至第三〇号証、同第三二、第三三号証、同第四八乃至第一五二号証及び同第一六一乃至第一六四号証は不知と述べ、甲第五号証の一、二同第一四乃至第一七号証を援用した。

理由

当事者間に争のない事実及び成立に争のない甲第一、第二、第三号証に徴すれば

(1)  原告は昭和九年一〇月八日その設立登記以来昭和一九年一二月一日まで「株式会社三国鉄工所」なる商号を用いていたが、同日商号を変更して「三国重工業株式会社」なる商号を採用して今日に及んでいるに対して、被告は昭和二八年七月三日設立せられその商号を「三国鉄工株式会社」と称し、原被告の商号は共に登記してあること、

(2)  原告は大阪市東淀川区三国本町六二番地に本店を置き、その目的は各種空気圧縮機、真空ポンプ、内燃機関並びに諸機械の製造、販売及び右に附帯する一切の業務であるに対して、被告は大阪市東淀川区塚本町四丁目一一番地に本社を置き、その目的は各種空気ガス気体圧縮機、真空ポンプ、各種空気工具の製造、販売及び右に附帯する一切の業務であつて、原告と被告は同一市、同一区内において同一種類の営業を営む競争会社であること、

(3)  原告はその本店が三国本町に所在するので旧商号を「株式会社三国鉄工所」現商号を「三国重工業株式会社」と称したものと考えられるに対して、被告はその本社は塚本町に所在し、本社も主要な工場も三国町に所在しないにかゝわらず、その商号中に「三国」なる名称を取り入れていること(被告が「三国」なる名称と結び付けられている特別な関係または事情があることについては被告は何等の主張も証拠も提出していない)

(4)  被告の代表取締役田村光秋が昭和九年一〇月八日から昭和一三年三月一一日まで並びに昭和一四年九月二六日から昭和一七年四月二八日まで原告の前身である株式会社三国鉄工所の取締役であつたこと及び右株式会社三国鉄工所と称していた時代から現在に至るまで引続き原告の株主であること、

を認めることができる。

また、当事者間に争のない事実と、成立に争のない事実と、成立に争のない甲第四号証の一、二、同第七、第一〇、第一一、第一七、第三五の各号証並びに乙第四号証、及び各文書自体の性質並びに証人中寺史郎、の証言に徴して真正に成立したものと認める甲第六、第八、第九の各号証と、証人中寺史郎、同松尾竜雄、同吉村正見並びに同坂本武一雄の各証言及び原告代表者本人訊問の結果を綜合すれば

(5)  原告は昭和九年原告会社設立以来その製品の空気機械類に「ORIGINS」(オリヂンス)なる商標を使用し、右商標について昭和二六年八月一三日商標登録の出願を為し、昭和二七年九月一九日特許庁において右商標は原告の商標として登録せられたに対し、被告は昭和二八年七月三日被告会社設立当時から「ORIGISON」(オリヂソン)なる商標を採用し、右商標を表示した挨拶状を各方面に発送し、被告の製品に右商標を表示したネームプレートを附けてこれを販売し、右商標を表示したカタログを作成し、右商標の製品の新聞広告をしてその宣伝をする等被告の商標として右商標を使用していること、

(6)  原告は昭和九年の会社設立以来久しく空気機械類の製造及び販売に従事し、昭和一九年一二月一日には同業者藤村機械製造株式会社を合併し、戦時中には陸海軍の専属管理工場として三国本町外五ケ所に工場を有し、従業員数も千数百名を超える大会社であつたこともあり、現在においても原告会社の規模はその資本、工場設備、製造量等において空気機械類の製造業者として一流会社に数えられ、その製品の販路も戦前戦後を通じて日本国内は勿論広く海外にも及び、被告会社設立当時にあつては原告の商号及び商標は既に広く空気機械類の取引業者及び需要者の間に認識せられたものであつたこと、

(7)  被告代理店九喜ポンプ工業株式会社は被告の製品「ORIGISON」(オリヂソン)空気圧縮機に関して商工経済新聞、毎日新聞、朝日新聞、産業機械新聞等新聞紙上に、被告会社発足以来なお浅いにかゝわらず或いは「古き歴史が誇る特許最近型発売」とか或いは「空気機械の元祖三国鉄工」とか、或いは「オリヂソン、三国製、空気圧縮機、歴史が誇る最近型優秀機」とかの記載のある広告を掲載したこと。(但し最後の記載内容の広告に関してはその後朝日新聞の紙上等において「予て三国製空気圧縮機を広告せるは三国鉄工製品なることに訂正します」なる訂正広告を掲載した。)

(8)  被告が昭和二九年三月附で日本精版に依頼して作成した被告製品「ORIGISON」についてのカタログはその記載内容が原告の昭和二七年三月印刷の原告製品「ORIGINS」等についてカタログのそれに著しく酷似し、その大部分が全く同一の文章から出来ていて、前者は後者の剽窃であると認められること、

(9)  原告の製品「ORIGINS」空気圧縮機と被告の製品「ORIGISON」空気圧縮機の中には外観近似のものがあることを認めることができる。

更に成立に争のない甲第四三号証の一、二、同第四四第四五第一五九号証、及びいづれも第三者が郵送した書信であるので真正に成立したと認める甲第一八号証の一、二、同第二〇、第二一号証、同第四六号証の一、二、同第四七号証と、証人藤村次郎、同吉村正見、並びに同松尾竜雄の各証言及び原告代表者本人訊問の結果を綜合すれば、

(10)(イ)  東洋繊維株式会社彦根工場が被告製品オリヂソン空気圧縮機を原告の製品と誤認して昭和三〇年二月二七日附の書面をもつて右被告製品の修理を原告に依頼して来たこと(甲第一八号証の一、二)

(ロ)  昭和三〇年六月頃米子市の有限会社高林商店を介して原告製品を注文する予定になつていた井本組と称する需要者が誤つて被告製品の注文をしたこと(甲第二〇、第二一号証)

(ハ)  特許庁が昭和三一年三月三〇日附原告宛の送達書類中で異議申立人として被告の商号を記載すべき場所に原告の商号を記載したこと(甲第四三号証の一、二)

(ニ)  ハマ商事株式会社大阪営業所の昭和三一年四月八日附電話増設通知の葉書の表に所書を原告本店所在地、名宛を被告に表示してあつたが、右葉書が原告に配達せられたこと(甲第四四号証)

(ホ)  久保田鉄工株式会社の作成した昭和三一年五月二九日附の空気圧縮機の見積依頼書の被告名宛になつているものが、原告に郵送せられて来たこと(甲第四五証)

(ヘ)  株式会社多木製肥所作成の昭和三一年一〇月三日附の被告に対する見積照会書が原告名宛の葉書で原告に送付されて来たこと(甲第四六号証)

(ト)  下関市の菱友興業株式会社の昭和三一年九月二四日附の所書を原告本店所在地、名宛を被告商号、書信の内容は原告製品オリヂンスについての照会の郵便葉書が原告に配達せられたこと(甲第四七号証)

(チ)  中部電力株式会社西尾変電所の昭和三一年一二月二八日被告宛の郵便が原告に配達せられたこと(甲第一五九号証)

等の空気機械の需要者その他の者が或いは被告を原告と誤認し、或いは被告製品が原告製品と混同誤認した実例があり、右実例に徴しても、右に述べた(イ)乃至(チ)のように書面上の証拠として現れないもので、原告と被告、又は原告製品と被告製品を混同誤認した事実が可なり多数にある可能性があること、

を認めることができる。被告の援用する乙第五号証の二の記載内容及び証人新家直治の証言中、東洋繊維の係員が被告と原告又は被告製品と原告製品を混同誤認したことはない旨の供述部分は措信しない。乙第六号証及び同第七号証の二は右訴外工場の係員が前認定の誤認をしなかつたことを証明するものではない。証人高野三郎の証言は関西商事株式会社乃至有限会社高林商店が原告と被告又は原告製品と被告製品を混同誤認したものでないことを証明しているが井本組が右のような混同誤認をしなかつたことを証明するには不十分である。乙第二四、第二六、第六五、第六六の各号証、同第六九乃至第七四号証、同第一三八号証の一、二、同第一三九号乃至第一六二号証及び証人友金章、同難波信男、同新家直治、同武内富男、同小西恒正、同藤原秋利の各証言並びに被告本人訊問の結果、その他被告の全立証によるも原被告又は原被告の製品について前記のような混同誤認の実例がありまた右混同誤認の可能性がある旨の認定を覆すに足りない。

以上認定の(1) 乃至(10)の事実と、原告の商号「三国重工株式会社」と被告の商号「三国鉄工株式会社」の比較及び原告の商標「ORIGINS」(オリヂンス)と被告の商標「ORIGISON」(オリヂソン)の比較によつて認められる。

(11)  原告と被告の商号及び商標が互に近似している事実

と、弁論の全趣旨に徴して認められる

(12)  原被告が製造販売しているような空気機械類はその価格も高価で使用して見なければ優良品であるかどうか判らない性質のものであるから、たとえ優秀な製品であつても名の知れた商品でなければ販売しにくい事実

とを綜合して判断すれば、被告はその営業の発足に当つて自分の製品が需要者に知られていない為めに、製品としての品質は優れていても買受けるものの少いことを考慮して、広く需要者に認識されている原告の商号及び商標の信用を利用して、被告の製品の販路を開拓拡張する等の不正の競争の目的を以て、登記せられた原告の商号「三国重工業株式会社」に類似する「三国鉄工株式会社」なる名称を被告の商号として採用し、被告の長年使用して来た商標「ORIGINS」(オリヂンス)に類似する「ORIGISON」(オリヂソン)なる名称を被告の商標として採用し、右被告の商号及び商標を使用して被告の製品の宣伝及び販売を行つて被告製品と原告の商品の混同を生ぜしめる行為をしたと認めるが相当である。従つて被告の右行為は商法第二〇条にいわゆる不正の競争の目的を以て原告の登記した商号と類似の商号を使用した場合に該当する。そして以上認定の諸事実に徴すれば、原告は、被告の右商号及び商標を利用する被告製品の販路の開拓拡張によつて、原告製品の販路を奪われ、営業上の利益を害せられるおそれがあると認められるから、被告の右商号及び商標の使用は不正競争防止法第一条第一項第一号第二号にいわゆる広く認識せられた原告の商号及び商標と類似のものを使用し、又はこれを使用した商品を販売して、原告の商品と混同を生ぜしめ原告の営業上の施設又は活動と混同を生ぜしめる行為をして原告が右被告の行為によつて営業上の利益を害せられるおそれのある場合に該当する。

被告は「被告の代表取締役田村光秋は自己の創意に基く特許装置を採用した優秀品の製造販売を念願して被告を設立し、被告製品の品質の優秀さによつてその販路を開拓して来たのであつて、原告と不正競争をする目的なくまた事実上不正競争を行つたことはない」と主張するが、特許権のある優秀商品の販路の開拓についても不正な手段に訴えた競争は有り得るし、事実被告がこれを行つたこと前認定の通りである。被告は設立の当初から被告の商号及び商標の採用について原告の了解を得ている旨主張するが被告設立に前後する頃、被告の役員が原告を訪れ設立の挨拶をしたことは認め得るが被告の全立証によつても、被告が被告の採用する商号及び商標を原告に告知した事実は認め難い。右告知した旨の証人新家直治の証言は措信しない。従つて原告が事前に被告の商号及び商標の採用を防止する措置を取り得なかつたのも当然のことで、そのことから被告に不正競争の意思のなかつたことを推察させる事情はない。

原告の商号の主要部分は「三国重工業」で、被告の商号の主要部分は「三国鉄工」であつて、単に「三国」なる個有名詞部分のみが主要部分でないことは被告の主張の通りであるが、原告の商号及び商標と被告及び商標は前認定のように類似のものである。世上類似の商号及び商標は数多くある。しかしながら、商法及び不正競争防止法が禁止しているのは不正の競争の目的をもつてする類似の商号又は商標の使用に限るのであつて、類似の商号又は商標の使用一般が禁止されているわけではない。そしてこのような不正競争は同一の販路において競争関係に立つ同種の営業間においてのみ起り得るのであるから、本来その販路を異にする業者間や、競争関係に立たない業者間や、異種の営業に従事する者の間で類似の商号又は商標を使用しても、商法又は不正競争防止法の禁止には触れないのである。被告説例の場合はいづれも類似の商標であるけれども不正競争の起り得ない場合であつて適切な例でない。なるほど、空気機械類は高価なものであつてその用途も工業的企業に用いられる場合が多いから、その取引が商品についての慎重な注意研討と精密な調査の上で行われる傾向にあることは、被告の立証によつて十分証明せられている。しかしながら、前顕甲第一〇、第一一、第三五の各号証に徴すれば、被告は、当初、一馬力乃至五馬力の小規模な空気機械類の製造販売から発足し、次第に大規模な機械の製造販売に進展して来たのであつて、その後も小規模な機械も製造販売していることを認めることができるのであつて、このような小規模な機械の取引にあつても、総て被告の主張するような複雑な過程の一定の方式に従つた取引が行われ、右方式によらない取引はあり得ないことは信じられないことである。右事情に徴すれば、空気機械類の取引について慎重な注意が払われる傾向にあるにかゝわらず、なお、前認定のように原告の商号又は商標と被告のそれは混同誤認のおそれがあると判断するが相当である。被告主張の右空気機械類の取引上の傾向は、右認定を覆すに足りない。

被告が、昭和三〇年六月特許庁に対して、原告を被請求人として、被告の商標「ORIGISON」は原告の登録商標第四一六、三一一号「ORIGINS」の権利範囲に属しない旨の商標権利範囲確認審判を請求し、これに対して原告は右両商標は類似であつて取引上混同誤認のおそれがあると抗争したところ、特許庁審判官は、昭和三一年一〇月二日、原告の主張を排斥して、被告の右商標は原告の右登録商標の権利範囲に属しない旨の被告勝訴の審判をしたことは成立に争のない乙第一五号証の一、二、甲第三四、第三七、第三八の各号証、乙第六八号証に徴し明らかである。しかしながら、一つの商標が登録商標の権利範囲に属するかどうかと、それが不正競争防止法にいわゆる類似の商標であるかどうかとは別個の問題である。登録商標の権利範囲は商標法の趣旨に徴し主として登録せられた商標と係争の商標とに用いられている文字、記号、図案等自体について両商標を比較考察してそれが当該商品の取引業者や需要者等に混同誤認されるおそれがあるかどうかによつて決定されるべき性質のものであるに対して不正競争防止法第一条第一項第一号第二号のいわゆる類似の商標であるか否かに右法律の精神に鑑みて、商標使用差止請求者の商標は、それが登録されているかどうかにかゝわりなく、その商品の取引業者、需要者等に広く認識されていることを要し且つ広く認識されておれば足りるのであつて、差止被請求者の商標については、両当事者の業態全般から観察して、その商品の取引業者需要者等によつて請求者のそれと混同誤認せられ、被請求者の不正競争の目的達成の手段となるおそれがあるかどうかによつて決定されるべき性質のものである。即ち、右の両場合共に、両当事者の商標を附けた商品が、その取引業者需要者等によつて混同誤認されるおそれがあるかどうかによつて決定されるのではあるが、その際に用いられる判断の基準と観点が両者互に相違している。一般的に云つて、いわゆる「類似の商標」とは「登録商標の権利範囲に属する商標」より広い範囲の商標を指称するものであることは、「類似」なる形容句の文字上の観念からも明瞭である。従つて他人の商標の権利範囲に属しない商標であつても、右他人の商標の類似商標に該当する場合のあることは容易に理解することができる。右の理由で、本件の場合、被告の商標が原告の登録商標の権利範囲に属しない旨の特許庁の前記の審判は、必ずしも、被告の商標が原告の商標の類似の商標である旨の前記の認定をするに付いての障碍となるものではない。そして右認定の理由とした前出の諸事実と右審判を比較考量すれば、右審判にかゝわらず、被告の商標は原告の商標の類似の商標と認めるが相当であつて、右認定を覆する足るものとは認め難い。

そこで被告の抗弁について判断するに、成立に争のない乙第一一第一二号証の各一、二、三、同第一三号証の一、二、甲第三九、第四〇第四一の各号証、乙第六三号証の一、二、同第六四号証に徴すれば、被告は特許庁に対して昭和二九年七月一四日「三国鉄工株式会社」同年一〇月一八日「    」「    」なる被告の商標の登録出願を為し、昭和三〇年一月一六日及び同年二月二八日それぞれその出願公告の決定があり、特許庁商標公報に出願公広されたところ、原告から同年三月四日「三国鉄工株式会社」なる商標出願に対して、被告の右出願商標は原告の旧商号及び現商号に類似し、登録を許されないものである旨の商標登録異議の申立があつたが、昭和三一年七月三日、右異議事件について原告の申立は理由がない旨の特許庁審査官の決定があり、同日右商標の登録査定があつた結果、被告は「三国鉄工株式会社」なる商標の登録を受け、その商標権者となつたことを認めることができる。そして不正競争防止法第六条によれば、同法第一条第一項の規定は商標法に依り権利行使と認められる行為には適用がない。しかしながら、被告が「三国鉄工株式会社」なる商標の登録を受けても、被告が右名称を被告の商号として登記を受け、これを商号として使用することは、商標法による権利の行使に該当しない。そればかりでなく、不正競争の目的をもつて他人の登記せられた商号と類似の商号の使用を開始した者が、商法第二〇条及び不正競争防止法第一条第一項による右商号使用の差止請求を受けることを免れるために、自分の使用する商号と全く同一の名称を自分の商標として登録を受け、登録商標権の行使の名義の下に、右名称を商品に表示してこれを販売し、またその名称を看板に掲げ、新聞紙上の広告等に表示するのは、信義に従つた誠実な商標権の行使とは云い難く、不正競争防止法第六条にいわゆる商標法による権利の行使とは認められない。被告が不正競争の目的をもつて原告の商号と類似する「三国鉄工株式会社」なる商号の採択使用したことは前認定の通りであつて、右認定の理由として掲げた諸事実と被告が右商号と同一文字からなる商標の登録出願をしたのは本訴繋属後である事実を綜合すれば、被告が右不正競争の目的達成の手段として右商標登録の出願をしたものであることを認め得るから、この点においても、被告が右「三国鉄工株式会社」なる表示を登録商標権行使の名義で商品に表示してこれを販売し又は広告等宣伝行為に使用するのはいわゆる商標法による権利の行使とは認められない。被告は商法及び不正競争防止法の規定によりいかなる名義を以てする右「三国鉄工株式会社」なる名称の使用をも禁止せられる。

被告に対してその商号及び商標の使用等の差止めを請求する原告の本訴請求は権利の濫用である旨の被告の抗弁について判断するに、被告がその設立せられた昭和二八年七月以来本件の被告の商号及び商標を使用し、挨拶状、看板、並びに新聞紙上の広告等に右商号及び商標を表示して宣伝し、右商号及び商標を表示した商標を公然と販売していたことは当事者間に争がなく、右事実から原告が右被告の設立後一両日中に右事実を知つたことを認めることができる。そして同市町村内に於て同一の営業の為に他人の登録した商号を使用するものは不正の競争の目的をもつてこれを使用するものと推定されるのであるから、被告が原告の商号及び商標に類似する被告のそれを使用する行為についても、原告は被告の右行為を知つた当時において、当然右行為が不正競争の目的をもつてする行為であることを知つていた筈である。しかしながら商法及び不正競争防止法による類似の商号及び商標の使用等の行為があつたからと云つて直ちにその差止め請求をすることが許されるのではなく、少くとも相手方において不正競争の目的をもつていることを必要とし、殊に不正競争防止法の場合はその外に差止請求者は被請求者の右行但によつて実害を受けたか又は実害を受けるおそれのあることを必要とする。しかも、これら差止請求の要件は訴訟上極めて立証困難な事項であるから、原告が本訴を提起するには相当の準備期間を要したのは訴訟の性質上当然である。原告が本訴を提起したのは被告の設立後約一年を経過した頃であるが、右一年は本訴提起期間として決して長きに失するものとは認め難く、原告が右期間中に被告に対して本件について法律的手段を採らなかつたからと云つてそれによつて原告が被告に対して被告の前記行為を黙認したことにも、又は自らの権利の行使を怠つたことにもなるものでない。被告は原告が訴訟外で事前の警告をすることなく直ちに訴訟行為に訴えたことを非難するが、原告は右被告主張の本訴提起までの経過に徴すれば訴訟外の警告が効果がないと信じていたと認められその様に信じたことが著しく不当であると認めるべき証拠はない。被告はまた本訴差止めによつて被告の受ける営業上の打撃が極めて甚大であるに比して、原告が被告の行為によつて受けている実害乃至受けるおそれのある被害が極めて僅少である趣旨の主張をしていて事実弁論の全趣旨及び営利事業に関する常識に徴し、被告が本訴敗訴の場合に受ける被害の甚大なことは容易に推察できるし、また被告の本件行為により原告の受ける被害は前認定の空気機械類の取引の実情に徴し、原被告間の商号及び商標の区別が一般に認識せられるにつれて次第に減少して行く性質のものであることを認め得るけれども、前認定のように被告が不当な目的をもつて商号及び商標を使用したことによつて本件は発生したのであり、空気機械の新規な需要者の場合等はなお原被告の製品を混同するおそれもあつて原告の被害は全然発生のおそれないとは云い難いから、被告が右打撃を自ら招いたものとして忍ばねばならないのは止むを得ないことである。被告主張の総ての事情総ての立証を綜合しても原告の本訴請求が権利の濫用であると認むるに足りない。

以上の理由によつて、その余の原告の主張について判断するまでもなく、被告に対して「三国鉄工株式会社」なる商号及び「ORIGISON」(オリヂソン)なる商標を使用し、又はこれを使用した商品の販売拡布、若しくは輸出をして、原告の商品と混同を生ぜしめる行為や原告の営業上の施設若しくは活動と混同を生ぜしめる行為の差止めを求める原告の請求は正当であるので、これを認容する。また商法第二〇条の商号使用の差止中には当然商号の登記の抹消も含んでいるので被告に対してその商号の抹消登記手続を求める原告の請求もこれを正当として認容する。然しながら、被告の右商標の使用廃止の広告は過去において傷けられた原告の信用の回復及び将来において原告の蒙るおそれの防止に役立つもので、原告が過去において被告の不正競争行為によつて蒙つた経済上の損害の賠償としては役立たないものであるところ、原告の製品と混同せられた被告の製品が粗悪であつた為めに原告が著しく営業上の信用を害せられた事実は原告の全立証によるも認め難く、将来の原告の被害の防止は前認容の被告の商号及び商標の使用差止めによつて一応達成せられその為めに必ずしも原告請求の新聞広告を必要としないので、原告が被告の不正競争行為によつて顧客を奪われ損害を蒙つたことは前認定の通りであるけれども、原告の被告に対する新聞広告の請求はこれを請求する十分の理由がないものとしてこれを棄却する。

よつて訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条第九二条を適用し、仮執行の宣言を為すには不相当の場合であると認めてその宣言を為さず主文の通り判決する。

(裁判官 長瀬清澄)

案文

商号及び商標の使用廃止公告

幣社儀昭和二八年七月以来「三国鉄工株式会社」なる商号及び「ORIGISON」(オリヂソン)なる商標を使用して居りましたが、右は貴社の商号「三国重工業株式会社」及び商標「ORIGINS」(オリヂンス)に類似し御迷惑をお掛け致しました。就ては爾今右商号及び商標の使用を廃止致します。

大阪市東淀川区塚本町四丁目一一番地

三国鉄工株式会社

大阪市東淀川区三国本町六二番地

三国重工業株式会社殿

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